「どうせ暇なんでしょ。このアプリで稼いでみたら?」
いつも怪しいアプリを見つけてくるミホが、今日も新しいものを見つけてきた。今回はお金稼ぎができるアプリらしい。いつもは使い道すら分からないものを見つけてくるのに、お金稼ぎという分かりやすいアプリを持ってきたのは、私が最近金欠気味だと話したせいかもしれない。
「お金として使えるポイントをゲットできるアプリなんだけど……どこを押してもすぐ固まってまともに使えない!『めちゃくちゃポイントが稼げる』らしいんだけど、これじゃ意味ないよね。」
そう言いながら、私のスマホに同じアプリを送りつけてきた。私のスマホには、ミホに押し付けられたアプリがたくさん入っている。一回も起動していないものばかりで、多分このアプリも起動することはないんだろう。
「気が向いたらやってみる。」
ひび割れた画面に映るたくさんのアイコンを見ながら、誰に言うでもなく呟いた。
日課のスマホいじりを終えて寝ようとすると、ふとあのアプリのアイコンが目に入った。そういえばこんなものもあったな。どう見てもまともじゃないのに、どうすればこんなアプリを見つけてこれるんだろう。
どうせ暇だし起動してみよう。ちゃんとポイントを稼げたら、話のネタくらいにはなるかもしれない。
「予定を組むだけでお金が稼げる!このアプリは夢のような新感覚ポイントアプリです。」
アイコンをタップすると、いきなり細かい文字と「同意する」ボタンが現れた。どうせ同意しないと使えないから、何も読まずにボタンをタップする。「細かな文字は必ず読みましょう」と、昔どこかで教わった気がするけれど、ちゃんと読んでいる人は本当にいるのだろうか。
「今が一番大事!未来を予約してお金を稼いじゃおう!まずはこのボタンをタップ!」
言われるがままにボタンをタップする。画面に紙吹雪が散り、チャリンチャリンとコインが降ってくる。騒がしすぎて目がチカチカしてきた。
「予約したよ!心変わりしても大丈夫!ポイントを返せば予約をキャンセルできます。」
キャンセルに必要なポイントは、もらったポイントよりも少し多い。簡単にキャンセルされたら困るからだろうか。
「キャンセルに必要なポイントを付与します。このボタンでキャンセル可能です。」
言われるがままにキャンセルしようとしたら……アプリが固まった。ポイントを稼ぐところまでは行けたから、かなり運が良かったのかもしれない。
キャンセルできているか一応確認してみよう。予約一覧を開いてみる。予約は残っていない。ポイントは……残っている。
もしかして、キャンセルにポイントはいらないんじゃないか。そんな気がして、適当な予約をしてキャンセルしてみる。アプリが固まる。予約一覧を開く。予約はない。ポイントは増えている。
キャンセルするだけでポイントが稼げるなんて、なんてステキなアプリなんだろう。『めちゃくちゃポイントが稼げる』、ミホの言葉は嘘じゃなかった。
これはチャンスだ。早速いろんな予約をする。「サロンで脱毛体験!」とか「コスメの体験談をシェアお願いします」とか、片っ端から予約を取ろう。キャンセルさえすれば、何もしなくてもいいんだから。キャンセルするたびにアプリが固まるのは面倒だけど。
「最近金回りが良さそうじゃない。いいバイトでも見つけた?」
「教えてもらったあのアプリだよ。予約をキャンセルしてもポイントが減らなくって。毎回キャンセルした後は固まるから、キャンセル自体は結構面倒。だけど、ボタンを押すだけでポイントが増えていくから、まさに割のいいバイトだよ。」
「そういえばあのアプリ、予約をブッチしようとしたらどこかに連れ去られたとかよく聞くから、注意した方がいいよ。」
ミホが何かを紹介してきた時はいつも、私が夢中になった途端に水を差すようなことを言ってくる。言われるたびにイラッとしてしまう。慣れない私も悪いんだけど。
「そっちから紹介してきたくせに、よく言うよ。」
「そろそろ予約の時間です。」
日課のスマホいじりが終わり、まさに寝ようとしていた時に、その通知は姿を現した。そういえば、面倒で予約をキャンセルするのを後回しにしていた。急いでアプリを開く。
画面いっぱいに予約が表示される。「神秘ヒーリングの知識を身につける」「ヨガ教室で自分を見つめ直す」「歓楽街で貴重な体験をする」などなど、まともなものは一つもない。
稼げる予約はとにかく怪しいものばかり。そんなことを思いながら予約をキャンセルする。続けて他の予約もキャンセル、他の予約も……何かがおかしい。画面が全く固まらない。
「ポイントが足りないのでキャンセルできません!」
見たことのない文章が出てきた。ポイント残高を見ると、本当にポイントがなくなっている。マズい、キャンセルでポイントが減るようになってしまった。
そんなはずはない、そう信じたい。けれど、何度キャンセルをタップしても、出る文章は変わらない。
残った予定は「歓楽街の老舗に体験入店!」「自分を見つめ直す10日間合宿!」やらなんやら、怪しいものばかり。どの予定も、キャンセルするにはポイントが足りない。
『予約をブッチしようとしたらどこかに連れ去られた』
ミホの言葉が脳裏によぎる。
このまま怪しい予約に身を落とすか、どこかに連れ去られるか。どちらにしても、良いことはなさそうだ。
ピロン。チャットの通知音が鳴る。送り主はミホだ。
「今、暇?」
ミホに入れられたアプリのせいでこんなに苦労しているのに、当のミホはいつもと同じ。この能天気さに思わず恨み言を叩きつけたくなる。いくらミホに当たったところでこの状況が変わるとは思えないけれど、そうしないと耐えられない。
「暇。どこ行く?」
チャットじゃなくて、どうせなら面と向かって話そう。恨みつらみ、嫌というほどに叩きつけてやる。
「あのアプリのことなんだけど……」
「まだやってたんだ。もしかしてポイントが足りなくなって首が回らなくなったとか?」
「あんたが見つけてこなければ、私は……」
実際に恨みを言おうとしても、何を言えばいいのか分からない。賑やかな喧騒が私たちを冷たく包み込む。この静寂を破ってくれたのは、ミホだった。
「そうだ、アップデートで誰でも出品できるようになったんだよ。」
そういって見せてきた画面には、「【下書き】ミホのパートナーになる」と表示されていた。予約して受け取れるポイントは……相場よりもかなり多い。これだけあれば、予約のキャンセルには十分だ。
「出品ポイントは運営が負担するから懐も痛まないし、どんな人が予約してくるか気になっちゃって。十中八九ポイント目当ての人が予約してくるだろうけど。」
ミホのパートナーになれば、今までの予約をなかったことにできる。けれど、ポイント目当てだと思われそうで、予約するのを躊躇してしまう。ミホが気にしなかったら、いいのかもしれないけれど。
「どこかでしょうもなく一生を過ごすくらいなら、私に全部委ねてみる?」
もし予約をキャンセルしたとしても、私が自由になれるわけじゃない。よく分からない何かよりもミホの方がマシかもしれないけれど、結局は何も変わらない。
「でも……」
「でも?」
よく考えてみれば、今までもミホには散々苦労させられてきた。予約があってもなくても、ずっとミホの手のひらの上で踊っていただけなのかもしれない。
「ミホ、パートナーになるってどういうこと?」
「今までと同じかな。他の人だったらどうなるかは分からないけど。」
「私、なるよ。パートナー。」
「やっぱりそうくると思ってた!」
ミホが笑う。ポイント目当てで予約しているのは見え見えなのに、軽蔑も何もしてこない。
パートナーになっても「今までと同じ」、ミホは確かにそう言った。 もしかすると、こうなることまで分かった上で私にあのアプリを紹介してきたのかもしれない。
多分、私はずっと前から、ミホの手のひらの上で踊っていたんだろう。